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T-1出場者に糸井重里が訊く。
日本を代表する9人のデザイナーがT-1ワールドカップに集います。販売を前に、主宰者・糸井重里が出場者全員にお話をうかがいました。
佐藤 卓(前編) プロフィールを見る プロフィールを見る
僕たち人間の、アニマルプリントTシャツ

糸井 先日、トム・ヴィンセントさんと話をしていたときに
話題になったのが、
セックス・ピストルズのTシャツなんです。
「God Save The Queen」を、ただ刷っただけのやつ。
あれから何年も経って、いま、生きてる若い子たちが、
あのレプリカを着ています。
当時のものだと、何十万とするらしいんですよ。
 
ジーンズの歴史を見ても、
同じようなことが起こっています。
誰も「作品」とも思っていなかった当時のジーンズを
いま見ると、おもしろい。
デザインという仕事の、ひとつの大きな流れが
そのなかにあるな、と思ったんです。
 

 
つまり、「作品」であり、「商品」であるもの。
一般の人たちが、商品として買って、
人気投票のように支持してきたこと。
これをひとまとめにして
Tシャツで競技をやってみよう、
失敗してもいいから、
でも、そのかわり、選手は
力のある人ばかりを選ぼうと思ったんです。
 
佐藤 今回は、ほんとうに、ある意味で
自分を追い込ませていただいたので、
逆に解放できた、という感覚でいます。
ふだんの仕事とは、
まったく違う筋肉を使うことになりました。
 
僕は、量産品のパッケージデザインを
やることが多いんですが、
その場合は条件が明確にあるので、逆に楽なんです。
今回は、ほんとうに
「これしかないの?」というくらいの制限しかなくて、
「あと自由です!」って、ポーンと投げられた。
 
テーマは、世界中のすべての人が知ってる
「Tシャツ」です。
ここまでつらいテーマがあるか(笑)?
これは、考えようによっては、すべてのことにあてはまる。
僕にとっては、けっこうな訓練になりました。
ここ10年で、
最も考えさせていただいた作業でした。
 
 
 
糸井 うれしいなぁ。
これは、引き受けるだけでも
勇気のいることだろうと
じつは、思っていました。
 
佐藤 糸井さんのプロジェクトで、
すごくおもしろそうだから引き受けて、その後ですよ、
「いやぁ、困ったなぁ!!」
と、なっちゃって。
 
糸井 今回デザインをしてくださった方全員が
苦しんでくださったみたいです。
苦しいんだけれども、
それぞれの解決しかできないということに、
みなさん、気づかれたそうです。
例えば祖父江慎さん。
ふだん本の装丁をしている人が
Tシャツをつくることになった。
彼がTシャツで、自分の追い込みのパターンを
そんなに持ってるわけはないんですよ。
そうしたら、彼なりの、ほかにはない
おもしろいものが生まれてきました。
 
 
 
佐藤 Tシャツは、あきらめてしまえば、
ただのキャンバスでしかないですから。
 
糸井 やればいろんなことができるし、
ふつうにウェルメイドでおさめようとしても、
ぜんぜん構わないと思うんです。
どう持っていくかは、まったくの自由ですもんね。
 
佐藤 今回は更に、切ったり貼ったり、
Tシャツ自体に直接の加工ができない
という制約がありました。
 
ファッションの枠がやや「なんでもあり」な
いまの時代に、
ボディが決まっている、というルールは
すごく重要だと思いました。
絶対にそのほうがおもしろいですよ。
このルールが無限の可能性を引き出しますから。
 
糸井 T-1ワールドカップに次回があるとしたら、
その制約は、変えていくかもしれないんですが、
このままでいったほうが
おもしろいんじゃないかなと思いはじめています。
例えば、紙のサイズというのは、
昔から変わっていないでしょう。
 
A4やB4という紙の規格サイズが変わらないから、
ポスターのサイズも、変わらないように、
大人同士の戦いだったら、
ボディを変えないほうが
おもしろいんじゃないかな、と思いまして。
学生同士の闘いだったら
話は違うかもしれませんけれども。
 
提出された卓さんのデザインを見たとき、
事務局のメンバーはみんな、
「こうきたか!」
と、息を飲みました。
コンセプチュアルなんだけど、
これは「人間」という動物の
アニマルプリントだな、と思いました。
ゾクゾクしますよ、これは。
 
佐藤 アニマルプリント‥‥そうとも言えますね。
言語化していただいて、うれしいです。
僕の行き着いた今回のTシャツデザインは、
右手の届く範囲にマーカーで色をつけたTシャツと、
左手の届く範囲でガムテープを貼りつけたTシャツ、
この2枚です。
これは、人間という、毛を失った、
裸の猿が着るアニマルプリントなのかもしれないですね。
 
 
 
糸井 深澤直人さんのTシャツと、
コンセプトの根っこは
みごとに同じです。
スタートラインはおなじなのに、
表現は全然真逆です。
 
佐藤 単純に形がきれいだとか、
色がきれいだとかじゃなくて、
そのTシャツが生まれる背景を
どうするかということが、
まずはすごく重要だと思ったんです。
 
Tシャツはもともと「着る」ものであって、
着ないと意味がないものです。
そして、それは身体(しんたい)と関係があって、
Tシャツは、ゼロからつくるものではなく、
必然的に生まれてきたビジュアルなんです。
つまり、からだによる制約がある。
 
身体には、関節があって、
関節と関節のあいだは曲げることができない。
腕ひとつ動かすにも、
ある制約が歴然と存在するのです。
「ああそうか、我々は限られたことしかできないんだ」
そう思ったときに
「右手」と「左手」を思いついたんです。
 
 
 
  人間の感覚のすべてはからだに宿ります。
僕たちのやっているグラフィックデザインは
目から情報が入ってくるけども、
におい、肌触り、体験など、
その人のすべての記憶を呼び起こし、
引き出すということをしているわけです。
 
「iPodに似合うTシャツ」というテーマがあっても
「からだ」のほうにiPodを引き寄せようとしました。
そんな思考のしかたって、
ふだんの仕事では、まずないんです。
 
だから、ほんとうに、悩みました。
きっちり背景がつめられないと、
自分が追い込まれないと、
手を動かしちゃいけない、と思いました。
だって、ふつうにやると
できちゃうんですよ、サラサラと。
 
自分がやらなくても、
Tシャツは、世界に存在するものでしょう。
それどころか、過剰に、
無数と言えるほど、世の中にあるわけです。
それで、ぜんぜん問題はないし、
自分が参加しなくてもいいんです。
そういうところへ考えが入っちゃったら、
もう、何も見えなくなる。
 
「現存のTシャツは、そもそも違うんだ」
と言って、つくる必要もない。
だから、結局自分全部を出すことに
なっちゃうんです。
ほかから借りてきた何かでは、
できないですし。
そういうことは、参加してみて、わかりました。
 
考えて考えて、
最初はTシャツの概念があまりにも強すぎるので、
そこから出られませんでした。
「こんなことかな?」「こんなことかな?」
2、3個考えると、
「あ、これは違う」と、
違うということが、まずわかる。
わかった瞬間からぼくは手が動きました。
あとはもう自分をどこまで追い込むか。
電車乗ってる時にも追い込むし、
トイレに入ってても追い込む。
 
 
 
糸井 「小説書け」と
言われてるようなもんですね。
きっとみんな、頭が痛かっただろうなと思います。
 
2005-09-20
  後編へつづく


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