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井上 |
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Tシャツは、さ。
いくら頑張ったって、いいものに負けるね。
いいものは何かと言うと、
無限にあるもののなかからピックアップしたもの。
それには負ける。
いくら、デザインとかさ、
アイデアがあったとしても、ダメよ。
昨日も、疲れたから、
ちょっと早めに仕事を切り上げて、
原宿に行ったんだよ。
つまらないやつ、いっぱいあるけど、
1枚、見つけたの。
ピンクのTシャツにさ、南米のチリの地図が
描いてあるわけ。
チリって、縦長の国でしょ?
縦長の国のシルエットに、
「Chile」って書いてある。
それをひとつ見て、
いっくらがんばったってダメだと思った。
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糸井 |
それは、カメラマンの発想だね。
いくら箱庭をつくったってダメで、
現実にどこかに行って写真を撮ってきたほうが、
材料があるもんね。
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井上 |
そのとおり。例えばチリという国の形はさ、
アートなんかを完全に超えてるんだよ。美しくてね。
アートには、俺、ぜんぜん興味ないもん。
特に、コンセプチュアル・アートなんていうのは
もう、退屈で。
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糸井 |
チリが好きだという気持ちは、
なんだかわかる。
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井上 |
チリはすごいよ。
この入り江のすごさというのは!
そんなの、発想したって出てこないね。
負けちゃうよ。
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糸井 |
その「負けちゃう」というのが、
とってもいいね。
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井上 |
俺、負けっぱなしだよ。
いま俺が着ているTシャツだって、
デザイン、わけわかんないでしょ?
ただ、もう、大好きなのよ。
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糸井 |
それ、古着?
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井上 |
うん。俺、全部、古着。
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糸井 |
この色を着ている
この年代の人って
日本じゅうで、きっと6人ぐらいしか
いないだろうね。
職のない人とかだったら、わりと着ている色かなぁ。
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井上 |
「職のない人」なんて、俺の理想だよ。
俺は基本的に、
食い逃げができるような人生じゃないと、ダメ。
顔を知られたら終わりなの。
世間にも家族にも、顔を知られたくないの。
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糸井 |
家族にも?
めちゃめちゃだなあ。
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井上 |
俺、8〜9年前にさ、
プロ野球のマークをデザインしたの。
そのとき、名前と顔写真が、新聞に出たりしたわけ。
それでバレちゃったのよ。
ものすごく、損したわけ、俺は。
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糸井 |
聞くところによると
嗣也は、ヴェールに包まれた
デザイナーなんだって。
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井上 |
ヴェールなんかとんでもない。
ヴェールに包まれたりしたら、死んじゃうよ。
どちらかというと、ダンボールだな。
俺は、ダンボールに包まれてる。
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糸井 |
じゃ、ヴェールじゃなくて
ダンボールに包まれたデザイナーということにしよう。
これからは、道で動くダンボールが見たいね。
「お、なんだ! 動いてるじゃないか。
あっ、井上嗣也だよ」(笑)
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井上 |
カッコいいと思うよ。
ズルズルズルっとさぁ。
要するに、俺は、見られたくないんだよ。
山本夏彦は、「犯罪をする自由」という
言葉を使ったよね。
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糸井 |
ここで山本夏彦が出てくるとは思わなかったな。
でもまあ、それは、うまくいってんじゃない?
いまのところは。
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井上 |
ま、けっこうね。
‥‥こんなことがなければね。
糸井さんから言われたんじゃなかったら、
俺、こんなことしないよ。
抵抗できないもん。
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糸井 |
ごめん、ごめん。
俺、嗣也に出てもらおうと思いついたとき、
うれしかったもの。
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井上 |
それに「Tシャツ」で釣られた、
ということもあるね。
企画書が送られてきて、
「Tシャツ!」って飛びついて、
その場でタコを描きはじめたから。
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糸井 |
Tシャツは、いままでにいっぱいつくってるでしょう?
井上嗣也Tシャツコレクションができるくらいに。
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井上 |
いや、数は、つくってない。
つくるより買うほうが好きよ、俺。
そうねぇ、これまでつくったのは、
壺のやつ。壺がドーンとプリントしてあって‥‥。
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糸井 |
あっ! コム デ ギャルソンで
見たような気がする。
あれ、嗣也だったの?
あれはもう、完璧な「商品」じゃないですか!
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井上 |
壺が、俺のイメージでは「妊娠」だったの。
広告にも同じモチーフを使ったよ。
あれはよかった。
あとは、花のTシャツもつくったな。
でも、自分のやったものって
ほとんど忘れちゃうからね。
こないだ行ったお店にさ、
お茶のポスターが貼ってあったのよ。
そんで、「いいポスターだなぁ」と思って近づくと、
何秒か後に、
あ、これは俺が糸井さんとやったポスターだ、
と気づくわけ。
その繰り返しなんだ、俺は。
忘れちゃってる。
自分でつくったのに、ドキッとしちゃうんだよね。
共犯みたいな何かがあるんだろうな、不思議なんだな。
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糸井 |
俺もそういうとこ、あるよ。
自分の蒔いた種なのに、
クンクンして近づいちゃう。
それは、つくっているときに
あまり「自分」というつもりがないからでしょ。
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井上 |
ない、ない。もう、全然ない。
一生懸命たくさんつくるから、
あとは、選んでほしいだけ。
今回のTシャツは、人気投票だから、
ものすごい悩んだわけよ。
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糸井 |
これまでそんな目に遭ったことがないからね(笑)。
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井上 |
Tシャツをつくってポンと渡すだけだったらいいけど、
今回は競争だから、
ウケるものじゃないとダメでしょ。
でも、最後はやっぱり「自分の好きなもの」に
なっちゃうんだよな。
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糸井 |
結局、勝負って、勝つためになんかできないね。
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井上 |
フフフフ。‥‥ね!
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糸井 |
しかし、こういう大ざっぱなことを言っていても、
この人は細かいからね。
だいたい、この部屋の本の積み方は何なの?
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井上 |
これは、飾り。
サイズでわけてるだけよ。
この「サイズ」というのがね、ものすごく便利なの。
あの本はここにある、というのがわかる。
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糸井 |
紙のサイズというのは決まってるものだからね。
でも、こんなに積んであっちゃ、見やしないでしょ。
「見る」じゃなくて「わかる」だけで
何の意味もないじゃない。
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井上 |
思い出‥‥目の思い出だよ。
墓に行くとき、棺おけに入るときに、
ああいうのんびりした写真があったな、とね。
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